水のおいしさを決定づける緩速濾過方式と急速濾過方式

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工場排水も生活排水も循環している

「水と安全はタダ」このように長らく日本人は考えていましたが、最近はその常識も大きくくつがえされつつあります。 たしかに水道のコックをひねれば蛇口から好きなだけ水が出てきますが、それは水の楽園から湧いてやってくる水では決してありません。

生活排水などによって汚染された湖や河川の水が、さまざまな処理過程をへて水道管を流れ、最終的に各家庭の蛇口から出てくるのです。 汚く濁って泡がぶくぶくと浮き上っているような水源地の水を見ると誰でも「とても飲める代物ではない」と思いますが、家庭の蛇口から出てくる水道水は確実にその水から作られているということを忘れてはいけません。

無条件で水道の水を受け入れられる時代は終わったのです。ただし忘れてならないのは、水源を汚染した張本人は、私たち現代人自身であるということです。工場排水など企業の姿勢を問題視するケースは少なくありませんが、実際には家庭排水やし尿処理水による汚染のほうがはるかに大きいのです。水道水がまずくなったと嘆く一方で、残した食事や洗剤をまったく無頓着に下水に流している姿勢は、これからはますます見直されなければならなくなるでしょう。

このようにして汚染が進んでいる水源地の水は、目に見えないところで水道水に処理され、確実に私たちの体に入ってきます。各地域の浄水場では、原水がどのようにして水道水に変えられ、供給されているのでしょうか。

誰が飲んでもおいしかった緩速濾過方

日本では19世紀の後半まで、ほとんどの家庭で井戸水の生活をしていました。もともと日本には雨が多く、そのおかげで青々とした木々が繁り、山には大量の地下水がたたえられていたのです。井戸水は、いたるところで取れました。当時は飲み水として使える川も多かったことでしょう。江戸時代には神田上水や玉川上水など、水源からの傾斜を利用して水を供給するシステムが建設されていましたが、こうした水事情の良さから、日本では現在のような本格的な水道は明治になっても特に必要はなかったのです。

ところが、明治10年ごろからコレラが大流行するようになり、ある年には死者が10万人を超えることもありました。こうして日本でも近代水道が急速に普及しはじめたのです。 日本の近代水道は1887年(明治20年)、横浜の浄水場でスタートしました。不純物を自然に沈澱させ、濾材と自然の微生物の力で浄水する方式でした。まず大量の水を貯めた池から、ゆるやかな傾斜に沿って水をゆっくりと流し、その過程で不純物を自然に沈澱させます。

こうしてにごりを取り除いた水は、次に玉石、砂利、濾過砂といった濾材にゆっくりとくぐらせ、じっくりと濾過していきました。 これが戦前まで日本の浄水場で採用されていた「緩速濾過方式」です。緩速濾過方式では水の進む速度が1日に4~5 メートルですから、その処理能力はタカが知れています。しかも巨大な貯水池と濾過に要する敷地が必要になります。ただし、この古来の方式で浄化された水は、消毒や凝固のための化学物質が添加されないので、自然の状態そのままの安全でおいしい水になります。

誰が飲んでもおいしかった緩速濾過方

日本の水道水が塩素によって殺菌されるようになったのは、はじめて水道法が施行された昭和32年以降のことです。 しかし当時水源地の水は現在に比べまだまだきれいだったし、水道水の供給も十分だったため、依然として緩速濾過方式による浄水は続けられました。

使用すべき塩素は微量でよく、まだ水はおいしかったのです。日本がアメリカで開発された急速濾過方式に転換していったのは、昭和39年の東京オリンピック以後のことでした。 急速濾過方式の利点は、いかに汚れていても大量の薬品を入れさえすれば短時間で大量の水をきれいにすることができることと、緩速濾過方式のように広大な土地を必要としないことです。

超高層ビルの建ち並ぶ新宿副都心には、かつて緩速濾過方式による巨大な淀橋浄水場がありました。 いま東京都民の水をすべて緩速濾過方式の浄水場として供給するとしたら、このような広い敷地が17カ所も必要になると言われています。 人口過密が加速度的に進んでいた日本の都市では、好むと好まざるとにかかわらず急速濾過方式に変換せざるをえなかったのです。

化学物質で消毒された水道水

急速濾過方式では、悠長に沈澱するのを待つのではなく、水中に溶けている細かい浮遊物や有機物を化学的に凝固させて分離します。そのために大量の薬品が使われます。 その水は一見緩速濾過方式で濾された水と変わりないように見えますが、実はアンモニア、マンガン、合成洗剤の化学成分、藻やカビの臭気などはほとんど取り除かれていません。

しかも濾過層を1 日に120~150mという早いスピードで通過するので水中の微生物による自浄能力がほとんど発揮されず、タンパク質などの有機物も完全には除去できません。それらを栄養源とする細菌の存在を否定することもできません。 このため、とりあえず安全な水にするために、投入する塩素の量も格段に増やさなければならなくなりました。東京都水道局の急速濾過方式による浄水法では、原水を各家庭に送る水道水にするまでに、二度の塩素注入が行われます。 ここ数十年で日本の水道水は特にカルキ臭くなったと言われるのも、トリハロメタンなどの有毒物質が検出されるようになったのも、すべてこの大量に使用される塩素と水源の水に含まれる有機化学物質が反応して起こづているのです。

時々、塩素のおかげで食中毒も防げているという人がいますが、食中毒を防ぐために塩素まみれの水を飲むのはおかしいと思いませんか?他に食中毒を防ぐ方法はいくらでもあるのです。

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