浄水場の濾過と消毒をかわす原虫の恐怖

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40万人の集団下痢の原因が水道水

1993 年のことでした。アメリカのミシガン湖畔のミルウォーキー市で、40万人もの市民がいっせいにクリプトスポリジウムという原虫に集団感染し、ひどい下痢におそわれたのです。ミルウォーキーは人口160万人の都市ですから、実に4人に1人がこの寄生虫に感染したことになります。

そのうち入院するほどの重症が4万人、そして結果的には400名の死者を出すほどの大惨事となりました。原因は、安全であるはずの水道水でした。水道水からクリプトスポリジウムの胞子が発見されたのです。 クリプトスポリジウムは、ほ乳類の小腸にはふつうに存在する寄生虫ですが、人間の口から腸内に入り込むと、1日に何十回も水様便を繰り返すほどの激しい下痢を起こします。 抗生物質も下痢止めも効かず治療法はありませんが、自然治癒力をもった健康な成人なら長くても2 週間ほどで自然に回復します。 ただし、病気や老化によって免疫力が劣った状態では、感染は生命の危険も引き起こします。 公共の水道水にこのような危険な寄生虫が混入し、4人に1人もの感染者を出してしまうことに驚きますが、このような事故は最近では特に例外的な出来事とは言えなくなっているようです。

日本では1996年6月、埼玉県越生町で同じようにクリプトスポリジウムの集団感染が起きました。幸い死亡者は出ませんでしたが、人口1万4000人のぅち半分以上にも及ぶ8800名以上に発病する事態になりました。 これも、水道水が感染媒体となった結果でした。水道水に病原となる要因が侵入することは、このように無差別の大量感染につながります。病人も乳幼児も老人も、区別ありません。クリプトスポリジウムの感染は死亡にいたることはまれとはいえ、そうしたことが絶対に起こらないはずの文明国の水道でこのような事態が発生することは非常に恐いことです。塩素による消毒は、いったいどうなっていたのでしょうか。

塩素では効かないクリフトスポリジウム

ミルウォーキーの大事件は、各国の水道関係者に大きなショックを与えました。絶対に起こつてはならないことが、水道の安全性では先進国のアメリカの、しかも大都市で発生したからです。 以来、急速濾過方式と塩素による浄水を行っている先進国では、それぞれの浄水場の調査が盛んに行われました。 そしてその結果、驚くべきことに、クリプトスポリジウムの胞子の存在は原水から家庭の蛇口までの過程において必ずしも「絶対に混入していない存在」ではないことがわかってきたのです。

19977年4月にはロンドン北部で、約30万人を対象に水道水の煮沸勧告が出されました。日本では同年6月、千葉県鋸南町で、水道水の原水から、ついで水道水自体からクリプトスポリジウムが見つかりました。続いて東京都青梅市や神奈川県藤野町でも、原水から同様の寄生虫が検出されました。 大阪市立大学の井関基弘助教授は、日本経済新聞の取材に対して「クリプトスポリジウムは今や先進国共通の課題だ」とまで述べています。 それはなぜなら、安全性の切り札として使われている塩素でも、クリプトスポリジウムは死滅しないからなのです。

クリプトスポリジウムは卵子虫網、真コクシジウム目、クリプトスポリジウム科に属する単細胞の寄生虫です。 この原虫は動物やヒトの腸管ではスポロゾイトと呼ばれる虫の状態で分裂増殖を繰り返し、その一部は体内で有性生殖によってオーシストと呼ばれる卵のようなものを作ります。このオーシストは糞便と一緒に体外に排泄され、また別の動物の腸管でスポロゾイトとして増殖を繰り返し、感染源となるわけです。 感染したヒトや動物の下痢便のなかには、1 日に数億以上ものオーシストが含まれることもあります。もちろん、たった一匹の動物についてです。都会には野生動物が少なくなっているとはいえ、もし感染動物が存在すれば、水道水の原水に入り込む可能性は、非常に高くなります。

しかも、このオーシストは硬い殻におおわれているため、塩素の強い殺菌力もものともしません。 一説では大腸菌の約69万倍もの塩素抵抗性があるといわれるほどで、浄水場の塩素殺菌など軽く通り過ぎてしまいます。そして水道水に混入した原虫のオーシストは、ヒトが1個でも飲み込めば発病する可能性があるのです。殻に防護されて忍び込むようにして水道水に混入されれば、数十万人単位の爆発的な感染が引き起こされても不思議ではありません。

対処法

水道水の原水に1滴の下水も入り込まないようにすることは、現代社会の状況を考えると不可能と言えるでしょう。 そうなれば、各浄水場で給水する前にしっかりと検査されることが求められます。現在、すべての水道事業者は自主検査を行い、原虫の混入がないことを確認したうえで給水を行っていることになっています。また、多くの地方自治体でも原水における原虫検査を行い、その汚染を監視しています。厚生省(当時) も、平成9年10月に「クリプトスポリジウム等原虫類総合対策について」という指針を発表し、水道安全対策の強化を推進しています。 しかし原水の汚染が将来もますます進む一方である状況で、水道水に混入する叩かもしれない原虫( クリプトスポリジウム) の恐怖は完全に消えてなくなることはむずかしいでしょう。

濾過方式をかつての緩速方式に戻す、あるいはマイクロフィルターでさえぎる膜処理(越生町での対処法) をすべての浄水場に導入するというような方法をとれば、原虫が水道水に混入することはなぐなります。 しかし、いずれも全国で完全に実施するのは現実的ではありません。っまり原虫に関しても、水道水に混入する恐れが完全にないわけではない、という結論になってしまいます。 その確率は現在ではそう高いものではないにしても、これからはさらに注意が必要になってくるでしょう。やはり、蛇口まで供給された水をどう飲むかは、それぞれの家庭に任されているのです。

クリプトスポリジウムは塩素でも死にませんが、乾燥(1 ~4 日)、凍結( マイナス20℃ で30分)、熟(73℃ で1分) によって死滅します。したがって、家庭で行ぅことができる最も簡単な対処法としては沸騰させてから使うということになります。とにかく生の水道水は口にしないほうが懸命といえるでしょう。