今日アメリカで主にがん治療に使われているのは、『分子標的薬』と呼ばれる薬です。この薬の原理は、免疫学的な反応を利用してがんの表面にある異質な分子これはタンパク分子であることが多いのですが、それを認識して攻撃してし事えば、がん細胞だけをピンポイントでやっつけることができる、というもの。
だから『ミサイル療法』と呼ばれたこともありました。そもそもがんは、一律な、ひとつの病気ではありません。ウィルス感染の中に肝炎のウイルス、風邪のウィルス、インフルエンザのウイルス... といろいろな病気があるように、がんもひとつの病気ではないのです。
結果として同じような形になりますが、がんになるプロセスも違えば、がんになってからのプロセスも違う。がんにも個性があるのです。分子標的薬は、こういったがんの個性を認識します。だからある人に効いても別の人には全く効かない、ということもあるのです。
この分子標的薬が作られる以前の1970年代、日本のがん研究者は2つのグループに分かれていました。
ひとつは、「将来は免疫学的な方法(今でいう分子標的薬)を用いれば、より副作用が少ない治療ができるはず」というグループ。もうひとつは、「がんというのはDNAの異常なのだから、抗がん剤のようにDNAの中に取り込まれ、それでがん細胞を壊してしまうような薬が優先されるのだ」というグループ。
日本の国立がんセンターもこの2 つのグループに分かれています。しかし、がんセンターでイニシアチブを握ったのは、抗がん剤のグループでした。そして、免疫学的なアプローチをする研究者は次々辞めさせられてしまったのです。
センターを追われた人たちは、一部は研究テーマを変ぇ、一部はアメリカに流出し、分子標的薬の研究を始めました。がんセンターの動きは、日本の各大学や学会、病院の動向にもつながります。結果、日本の研究者たちは当時「外国から来たいい薬」 抗がん剤をさらに強化した薬を作る方向へとひた走り、分子標的薬の開発には完全に乗り遅れてしまいます。
一方アメリカの研究者たちは、抗がん剤は毒ガス兵器を元に開発されたという経緯をよく知っており、そんなものを人間に使うのは非人間的な治療だと考えました。そこで製薬会社も抗がん剤にはあまり力を入れず、分子標的薬の開発に努めました。今や、世界の流れは分子標的薬です。慌てて日本の製薬メーカーも分子標的薬の開発を進めていますが、元になる分子がすべて特許で押さえられているため、なかなかうまくいきません。
悪性リンパ腫に使われる『リッキサン』は、100 mgで42800円。大腸がんに使う『マバスチン』は、100 mgで50000 円。肺がんの治療薬『イレッサ』は、日本で1錠6500円。これでも分子標的薬の中では安いほうです。また、最近はイレッサで効かない場合に『ラステット』を併用します。
問題はこれらの分子標的薬は、ずっと飲み続けないとがんが再発するということです。ですからこれからはがんは治ると、透析患者と同じく生きている限り金くい虫になるということです。
これでは日本の医療制度は破たんしてしまいます。こうなると特許切れを待つしかありませんが、どうやらTPP交渉で特許期間延長をアメリカに突きつけられているようです。70年代後半からの日本のがん行政のミスが、こういった事態を招いたといっても過言ではないでしょう。
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