卵巣ガンを自然療法で

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思えばもう14年前の年末のことでした。家内が生理日でもないのに出血するというので地元の総合病院に検診に行ったととろ、 「多分卵巣のう腫でしょう。年が明けてから入院して手術しましょう。心配いりません」との診断で、新年を迎え、早々に入院し、その2 〜3 日後に手術を受けました簡単な手術とのことで、手術室の外の廊下で待っていましたが、なかなかおわらず、2時間近くもかかりました。

やっと手術がおわり、主治医の説明で切りとった卵巣部分を見せてもらいましたが、それはみるからに毒々しい紫色をしたある肉の塊でした。

素人目にも、これほかなり悪性の腫瘍と想像できました。銀行を脱サラして15年、事業も順調で何の心配もない幸せな毎日が、突如として地獄の庇に突き落とされたのです。

手術の2〜3 日後にほ、家内に病状を説明し、ガンである事をあえて告知しました。それは、ガンという病に真正面からいどむかめで、相手が見えずしては闘えないと思ったからです。

それからの3 ヶ月間は壮絶なガンとの闘いでした。抗ガン剤による点滴注射が始まるや、あんなに元気だった家内の顔色がみるみる土色に変わり、胸の中が焼けつくように熱いと、もがき苦しみ、そして嘔吐の連続で、はたで見ていられないほどの苦しみの連続でした。

やがて、髪の毛も抜け、別人のような変わりようでした。そのように地獄のどん底であえいでいるときに、漢方薬店の奥さんから紹介さ山たのが『病気はかならず治る』という本だったのです。

地獄のそこで一筋のひかりを見いだし、勇気づけられたのです。もしかして、家内も助かるかもしれない。3回目の治療が開始される数日前に主治医に談判し、「どうせ助からないのなら、余生を自宅で好きな家庭菜園等の土いじりでもさせて、悔いのない最期を送らせたい」と訴えて、自宅につれ帰って、自然療法を受けさせる了解をなんとか取りつけました。

1月はじめに入院して、ちょうど、3ヶ月目の4 月に退院でした。この90 日の間、朝夕一日もかかさず、自宅から玄米食に自宅でできた野菜類その他、豆乳、人く参・リンゴジュース、それに地下80 mより汲み上げた地下水も運びました。

少しでも汚染されていない水や体の毒を排泄させる薬草などの煎じ薬を飲ませたかったからです。自宅に帰るや、いちばん最初に実行したのは、人参・リンゴジュースによる1 週間の断食でした。この3ヶ月間、抗ガン剤という強力な毒素を大量に摂取しているので、この毒素を排泄させることと、低下している免疫力を回復させる大きな目標があったからです。

私の父は医師ですが、彼にしてみれば、突然病院からつれ帰り、即座に人参・リンゴジュースの断食をおっ始めたものだから、かなりショックだったようです。

しかし、断食を終えてみて衰弱するどころか、長い間の抗ガン剤による副作用でどす黒かった顔色や唇の色が、鮮やかなピンク色にもどったことにほ驚き、その断食の効果を評価してくれました。

父も手術前から漢方薬をいろいろ研究してくれました。その漢方薬のおかげで、抗ガン剤による副作用も最小限に抑えられました。

食事のはうは、玄米菜食を心がけ、新鮮な果物、小魚、緑黄色野菜を中心にとり、手術後3年間は、血液を汚すといわれる肉類や卵、牛乳等は極力抑えました。

手術後3年間は無我夢中で頑張りました。3年間を乗りきることで、どうにか自信みたいなものが出てきて、我々夫婦にも多少ゆとりも出てきていました。

2 〜3 ケ月に1 回は、1 週間の人参・リンゴジュース断食も夫婦で行いました。お陰様で日がたつにつれて、体力もつき、最終目標の5年間も無事乗りきりました。この5年間を無事乗りきったのを契機に、私も自分なりに自然療法を勉強しました。困った人に少しでも情報提供ができればと思ったのです。いろんな自然医学の勉強をするようになりました。

その結果、現代医学でほ病気の原因を追及せず対症療法が中心ですが、病を引き起こすガン体質こそ問題であり、その体質を改善する方策こそ早急にしなければならないことなのだと感じました。

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